50歳からのリスタート

イタリア人夫と去年離婚しました。1人でも大丈夫。心の自立ブログ。

イタリア日記7

私が日本から到着する前から、私の写真を見て僕はこの娘と婚約すると意気込んでいたB。到着して初めてレストランに顔を出した時からの圧力たるや凄まじかった。

私はあまり強くアピールされるとどんどん引いてしまう我儘な人間なので、タイプじゃなかったのもあるけれど、何回かデートしてみたけど疲れてしまった。一生懸命色んな所に連れてってくれるし言葉もろくに通じないのに、身振り手振りで必死にコミュニケーションをとってくれるし、ありがたいのは山々だけどだからと言って好きになれるかと言われたら違う。申し訳なかったけどお友達以上になれそうにない。

で次という事で、コックさんやら他のボーイさんやら、次々にデートする私。

今ならなんて軽率で考えなしで、身近な所でほいほいとみっともないと分かる。

Tさんもとんでもないのが来たなと思ってたに違いない。申し訳ない。異国でイタリア人やら他の国に男性にちやほやされる毎日に調子にのる私でした。

思春期の私は、受験や親との不仲や色んなプレッシャーに飲み込まれ、元々頭脳明晰でなく、一つの考えに囚われやすく、気持ちの切り替えも下手。もっと上手に勉強したいのに要領が悪く結果に出ない。何もやっても上手くいかない。親に怒られる。自暴自棄になり優しくしてくれる男性にすぐ依存する。かと言って満たされない。という無限ループの中にいました。思春期あるあるではあったと思うのですが、自分なりに世界一不幸に暮らしていました。

そしてかなりお酒を良く飲んでいました。18歳から!不良ですね。娘が私みたいだったらあり得ない程心配したと思います。でも今の娘のように人と会うのが億劫で引きこもりがちなのと比べると、量としては私はまさしく無駄にエネルギー過多でした。

そこから脱出すべくイタリアに来た訳ですが、やってる事は全く同じ。穴があったら入りたい。

そして恐らくレストランで一番最後まで私に個人的に興味を持たなかったのが元夫Aでした。Aはモテモテでレストランで来るブロンド美人達からアピールされたり、誘われたり、自分から努力しないでも女性はわんさか寄ってくるタイプの人でした。おまけに故郷(南イタリア)に幼馴染の彼女もいるとの事。来るものは拒まず色んな女性が常に周りにいるようでした。

ふーん、私に興味ないんだ。とその当時狩人であった私は自分に興味を持つように、盛んにアピールしていきました。言っちゃなんですが、私の容姿は至って普通です。中の下です。

それでもそれなりにモテたのは、20歳前半のフェロモン全開、パートナーを何として獲るという野生の本能が炸裂していたのでしょう。今や全くそんな物は消滅しましたが。

私を見て見てアピールが通じ、やっとAの視界に徐々に入り込めるようになっていきました。

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ローマ