50歳からのリスタート

イタリア人夫と去年離婚しました。1人でも大丈夫。心の自立ブログ。

3.11が過ぎて(2)

勇気ある大好きな皆様へ

 

仕事が上手くいったのでいい気分でワインを飲んだら寝てしまった。で、今はすっきり目が覚めて書く気満々。

 

イタリアに正に命からがらに辿り着いた私達。イタリアでは日本全土が放射能に覆われて、もう住めないのではという認識だった。私も夫よりの情報を収集してしまうので、放射能の被害に子供達を合わせたのではと恐怖でいっぱいだった。

とにかくイタリアに避難できて良かった。子供達に毒を吸わせないで済むと。

 

夫は、自分の仕事があるからと確か3日程で日本に帰っていった。私と小学生の園児の子供の3人で夫の実家に残された。

夫の家族は良い方々です。私は20歳前半の頃から家族同様に可愛がって頂いてきた。

特に義母は本当に慈愛に溢れた優しい人。義理の姉妹兄弟も皆常識人だし優しい。義父も身体は自由が利かないけど、いつもにこにこ優しい人です。

 

今までは何年かにいっぺん、最長で1カ月バカンスで来ていた私達。

 

今回は夫なしでの長期滞在。しかも先行きが全く分からない。日本に帰れるかも分からない。イタリアに腰を据えて生きていかなくてはいけないのかもしれない。

 

辛かった・・・・。小さな子供を連れて基本家の中。出かける所も近所の公園や買物位。子供達も楽しかった学校や保育園から引き離された、ただただ私と義理家族との生活。お友達と遊ぶ事も会う事もできない。子供達は更に言葉が通じない。

 

2~3ヶ月で私はギブアップしてしまった。だって日本ではみんな生活している。

日本に帰って放射能で死ぬのなら私は死にたいと思った。

でも子供達は・・。私の判断ミスで日本に帰り病気になったら。でも家の中で暗い顔をしている子供達、イタリアに馴染めない子供達を見ていてもここで幸せになれるような気がしなかった。

義理の家族には本当に申し訳ない事をしました。振り回して迷惑をかけて。

 

そして日本に帰国して生活が始まりました。

 

東京では全く普通の日常をみんなが送っていた。私達の経験は何だったんだろう。

 

ここから数年、夫は反原発のデモに明け暮れ、集会に参加し、私も原発への怒り、社会や政治への怒りに支配されて本を山ほど読んだし集会や勉強会にも参加した。国会前のデモにも参加した。(夫のが過激だったけどね)

後、陰謀論の本も山ほど読んだ。世界の謎が見えた気がした。何て世界は狂ってるのかと絶望した。

自分を大切にするとか、そんな事はいっさい置き去りにした月日だった。

自分が楽しんではいけないと思った。だって困っている人苦しんでいる人亡くなった人はこんなにいるのに。

 

夫の自営業の仕事は震災をきっかけに傾いたので、私はそれまで続けていた不動産の事務の仕事をやめて工場で働きだした。きつかった。いやー頑張ったわ。

 

でも私が仕事を増やしても、夫は家事など一切手伝ってくれない。そして収入が少し増えて貯金ができたら、それらは2年の一度の夫の里帰りで一気に使われた。

里帰り出来なかったら気が狂うと言われた。

 

私が生前贈与で子供の為にと受け取っている、いざという時のお金も我が家の収入が足りない時には使ってしまっていた。夫とはお金の話は一切出来なくなった。1分でも家計が苦しいと話題を出すと、10倍に私は攻撃されるから。

私は「お前みたいな性格の悪い女は誰とも上手くやれない」「どれだけ自分が最低か分かっているのか」「お前はいつもお金の話ばかり(いえいえしてませんよ怖いから)」

 

何をしても否定される。仕事を必死で手伝ってもお礼などない。揚げ足を取られて責められる。毎日こんな感じだった。私は夫がいる時は息を潜めて攻撃されないように必死で身を守っていた。

 

たま~に夫の機嫌が良い時だけ、大昔の優しかった夫の面影をかいま見て過ごす日常。

 

私は社交的な性格で友達が多いからこそ精神的な病気にならずに過ごしてこれた。きっと発散できない性格だったらもっと早く結婚生活は破綻してたと思う。それが良かったのか悪かったのか、今となっては分からない。

 

一度だけ震災の時に、私の父が夫に向かって怒鳴った事があった。私への酷すぎる態度を見ていられずに声を荒げてくれた。

去年の離婚の話し合いの時に、「僕は誰にも怒鳴られた事ないのに、お前の父親に怒鳴られた。あれは絶対許せない」優しい父が必死で言ってくれた事だよ。私は感謝しかないよ。それも私を嫌う理由になったのなら仕方ないね。

「放射能から子供を守らず、日本に帰ってきたのも許せない」とも言われた。だから他の女性に頼ったんだって。それなら仕方ないね。私と父が悪いんだからね。

 

震災の話から離れてしまったが、夫の社会悪への怒り、政治への怒り、社会主義思想への傾倒、無政府主義への傾倒、フェミニズム運動への賛歌(女性を守ろうと歌を歌うけど家庭では男尊女卑なのよね)

社会を良くしたいという思いがあるなら、なんでまず妻を大事に出来なかったのか。子供を大切にしたいと思うなら、なんで子供の前で妻をなじり罵倒し続けるのか。

雨が降るのも、仕事が上手くいかないのも、全部私のせいだったね。

人生は誰のせいでもない。私の人生が上手くいかないのは私のせい。あなたのせいではない。自分の責任。

 

きっと誰かのせいにしなくなった時に、人生は開けてくるのではないかしら。

 

震災を境に、私達の結婚生活は終わりに向けてカウントダウンしていた気がします。

 

それでも女性関係の決定打が無ければ、私はずっと変わらなかった。だから今では相手の女性にも感謝している。去年まで私は毎日泣いていた。声をあげて泣いていた。どんなに酷い事をされても言われても。それでも好きだった。夫と一緒に居られるなら、もし又私に優しくしてくれるなら、地獄に落ちてもいいと思った。

 

1月初めのバーゲンに子供達と行った時にすら、広い楽しそうなモールの中を歩きながら、何で私は1人で歩いているのだろう。ずっと夫と歩いてきたはずなのに、これから1人で歩けるのかなと不安に思って泣きそうになっていた。2ヶ月前なんだわ。あの日が。

 

今こんなに変われたのは、やっぱり出会いのおかげです。お勉強会のおかげ。人生の中で正しいメンターと出会える確立ってどれくらいなんだろう。たった1カ月で私の心は180度変わった。全ての事に感謝です。

 

愛と勇気と希望と共に。

読んでくれてありがとう。