50歳からのリスタート

イタリア人夫と去年離婚しました。1人でも大丈夫。心の自立ブログ。

イタリア日記8

勇気ある大好きな皆様へ

 

反響の案外薄い私のイタリア日記ですが、元はと言えば私の30年間は何だったのかを消化する為に書きたい!がブログを始めた一番のモチベーションです。

 

去年までの私が書いたら、恨み辛み憎しみ嫉妬で、読む人全員が気分が悪くなったと思うのですが、色んな出会いや読書や断捨離やタイミング全てが作用して、魔法のように夫への執着が解け、今や夫の幸せを願うステージに上がってしまったのです。

だからこそ昔を振り返れます。全ては無駄な経験では無かったと消化したい。

 

と前置きはこれ位にします。

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ローマ

 

私の熱烈アピールにより私を気にし始めたAでした。少しずつお互い意識しあいだし、誤解したり、仲直りしたり、それぞれの女友達や男友達と話をつけたりしながら、少しずつ真面目に付き合おうとなっていきました。Aは故郷に帰り、昔からの彼女とも話しをつけてました。

 

でもある日、周りの人からAが女と遊んでるから今日休みらしいよと聞き、逆上した私は一度しか行った事のなかったAのアパートにロクに乗った事もないバスに乗りたどり着き、門にあるインターフォンを押し続けました。応答がありません。嫉妬に狂った私は相当高い壁を乗り越え、敷地内に入りドアを叩き続けました。普通に考えれば不法侵入ですね・・。

寝ぼけ眼のAがやっと出てきました。出てくるなり私はAの顔を殴りました。不法侵入の上、傷害罪ですね・・。

びっくりしたAになだめられ、何が起こったのかと言われたので顛末を話しました。全くのガセネタ。お互いそれなりに派手な異性関係でしたが、ちゃんと向き合い嘘はつかずに疑うのはやめようと一件落着。周りの話を鵜呑みにせずにお互いの話だけを信じようと一歩前進でした。

それからは毎週休みの日は二人で過ごしました。湖に行ったり、海に行ったり、映画を見たり、中華レストランに行ったり、特別な事はないけど本当に楽しかった。1人で孤独で不安だった世界にやっと自分をそのまま受け入れてくれる、このままの不完全な私でもいいよ、とにかく私を愛してるよと言ってくれる救世主が登場したのです。異性に依存して甘えていたけど、深い付き合いになるのに恐怖感があり、一歩手前でいつも逃げていた私がやっとその恐怖感も乗り越えて、まともに1人の男性とお付き合いが出来たのです。

 

昨年離婚したにも関わらず、それでもAに執着する私は、離婚の原因になった女性をなじりAをなじり「私には宝物の様な思い出がありすぎる。あれほどお互いを思いあい、人生を共に過ごした日々をあなたは全て忘れてしまったのか」と泣き叫び、気持ちをぶつけました。Aは「勿論覚えてるよ、毎週月曜日に待ち合わせて過ごしたローマの日々が自分の人生の最良の時だったよ・・」と。

 

何故人の気持ちは変わってしまうのでしょう。私の結婚生活後半はモラハラ、言葉の暴力、経済的問題の苦しみばかりでした。子供が少し大きくなり仕事を外で初めても、家事労働は全て私。たまに料理してくれても、皿洗いなどは一切しない。ゴミの分別はしないから、私が彼のゴミを全て仕分けて捨てる。玄関にまとめたゴミを出かける時捨ててくれないかお願いしたら切れられたので、二度と頼む事はなかった。

溢れ返る夫の荷物で混乱を極める家の中。どれだけ努力してもお礼も感謝もない態度。1年間の9割不機嫌。

こう振り返ると我ながら良く頑張った。

 

それでも離婚したいと思えなかったのは、今の夫は苦労がこうさせてる。本当は違う。いつか昔の様な、世界一優しい私を幸せにする事が僕の願いと、毎日伝えて行動してくれた彼に戻るという奇跡にすがっていたから。

 

何万通りもある恋愛の、ほんの一つのストーリーですが、私にとっては何より大切な思い出。私の頭にはAの事しか無かったような気がします。

愛があればお金なんていらない。地位も名誉も何もいらない。Aがいれば何もいらないと思っていました。

 

愛と勇気と希望と共に。

読んでくれてありがとう。