50歳からのリスタート

イタリア人夫と去年離婚しました。1人でも大丈夫。心の自立ブログ。

イタリア日記9

勇気ある大好きな皆様へ

 

洗濯物を干すべきなのに、パソコンにかじりつく私。だって楽しいんですもの。見出しの使い方も分かったし。見出しが使ってみたい・・。

 

注目記事の中に一番人気の無かったイタリア日記が上がってきている。ランキングとかから見にきて下さっている方がいるような気がする。だから時間を決めて書いてみよう!(11時半まで)商品の説明だったら見出しって使える気がするけど、日記には使えるのか?

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ローマ

 

輝かしい日々

 映画を見に行っても(イタリア語それほど分からないけど)海や山や湖にドライブに行っても、何をしても世界は輝いて思えた。ドリカムの歌で、嬉しい楽しい大好きみたいな気持ちそのままだった。彼に触れた私の右手はスーパーでスペシャルになったと思った。どんな困難でもへっちゃら。彼ほど優しく正しい人はいないと思った。

今でも忘れられないエピソードがある。

 

駅の広場で無き叫ぶ黒人の女性

 車で私達が通りすきようとしたら、大きな人ごみができている。大勢の人が遠巻きにある人を囲んでいる。中心には黒人の40代位の女性。泣きながら何かを訴えている。Aは車を止めて彼女に近ずいていった。つたないイタリア語で訴える内容を必死で聞いた所、鞄をすられて一文無しになった。どうしたらいいのかさっぱり分からないと。

Aは彼女を私達の車にさっと乗せて警察に連れていってあげた。そして必要なサポートをして、更に2万円位を彼女にあげてきたと言う。

Aはこんな調子で関わりのある人全てに親切だったのだ。困っている友人がいれば家に泊めてあげる。お金がなければ貸してあげる。誰に対してもだ。

私はこの人は天使なんだと思った。

 

レストランでの日々

レストランで私も働かせてもらっていたのだけど、時間がおしてくると皆疲労感が増してくる。一番疲れた時こそ、Aは張り切って働きだす。誰かが疲れたり困っていたら無言でサポートしてあげる。無償で人が困っていたら助けてあげるような人だった。笑顔で働く彼を見るのが私は本当に好きだった。こんなに気持ちの良い人はいないと思った。

 

オーナー女性との決裂

私はAと出かける内に、だんだんと独立心が芽生えてしまった。家事もやりレストランでも働きベビーシッターをする。お給料はおこずかい程度。私はいつまでここに居ればいいのだろうと思うようになった。今はどれだけ自分が未熟で住み込みなのだから、それを引いて考えれば、低すぎるお給料ではなかったのかもしれないと思う。それでも何年もあの状況にいれたとは思えない。彼女にして思えば、飼い犬に手を噛まれたような感じになっていったように思えたのだろう。だって自分のレストランの従業員とベビーシッターが出来ちゃったんだもの。迷惑かけたよな・・。

 

あら時間がたってしまったわ。洗濯物干さないと。

 

愛と勇気と希望と共に。

読んでくれてありがとう。